パリテ通信 第4回

 

30年ぶり二人目の女性首相とパリテ

 

 2022年8月、日本では内閣改造が行われ、第2次岸田内閣が発足した。首相を含む20人の閣僚のうち、女性はわずか二人。割合にすると10%と、パリテはおろか、2020年代にできるだけ早く「指導的地位ある女性の割合を30%まで引き上げるという、第5次男女共同参画基本計画(2020年)に掲げた中間的な目標にもまったく及ばない結果となった。さらに男女平等を実現不能の妄想だと言い、性的マイノリティの権利保障に敵対的な女性政治家が総務大臣政務官に就いた。この人事は、指導的立場にある女性の数に僅か貢献するだろうが、自民党は男女平等やジェンダーの問題にまともに取り組むつもりがないのだろうと疑わせるに十分である

 

 フランス新内閣のパリテ事情

  

 6月に総選挙を経たフランスでも、7月に内閣改造が行われ、5月に史上二人目の女性首相となったエリザベト・ボルヌの続投が決まった。首相を含めた政府を構成するメンバー42人中21人が女性であり、パリテは数値の上で完全に尊重されている。法的義務ではないようだが、2013年に就任した社会党のオランド大統領以降、政府メンバーのパリテはほぼ完全に尊重されており、これ自体新しいことではない。

 

 しかし、ここにはごまかしがある。実質的な権力の配分は、男性に偏っているのである。ここでいう「閣僚数」の分母は、大臣ばかりではなく、特定の大臣の指揮下で、特定の分野を担当する特命大臣や大臣補佐も含んだ数である。これらの特命大臣や大臣補佐を除いた数でみると、首相を含めた女性閣僚は17人中6人にとどまる。また大臣ポストでも、レガリアン(Régalien)と呼ばれる王権に起源を有する最重量級の5ポスト、つまり国防、内務、司法、外交、財務となると、女性はカトリーヌ・コロナ外相1人だけとなる。女性は、10人中9人と大臣補佐ポストに集中している。

 

 というわけで、このように分解して見ていくと、実質的な権力配分にはまだまだ大きな不均衡が課題として残っているのである。とはいえ、史上二人目の女性首相が誕生した意義を見逃すわけにはいかない。今回はこの話を中心にしよう。

 

 30年ぶり二人目の女性首相の誕生

 

 マクロン大統領は、4月に再選されたものの、その支持基盤の脆弱性は相変わらずである。決選投票の相手が極右のマリーヌ・ルペン候補であったため、左派「反極右」票の恩恵を受けての再選であった。こうした事情から、同大統領は、左派寄りかつ女性の首相人事を望んだ。こうした基準に合ったのが複数の社会党大物政治家の側近であったエリザべト・ボルヌであった。こうして、2022年5月に30年ぶり史上二人目の女性首相が誕生する。

 

 しかしマクロン大統領率いる大統領与党は、6月の下院選挙で改めてその足腰の弱さを露呈。単独過半数を維持できず、ボルヌ首相も微妙な立場に置かれることになる。

 

 ひどかった初代女性首相への性差別的攻撃

 

 ミッテラン政権下の1991年、初の女性首相となったエディット・クレッソンは、昨年テレビ出演し、当時考えられないような性差別的攻撃に遭ったことを明かしている[1]。クレッソン氏は、首相就任前には農相を務めた主要農業組合の代表者には、「農相ポストに女性を任命するとは、ミッテラン大統領は農業を軽視している」と言われ、この組合の横断幕に「エディット、君には大臣としてよりもベッドでの活躍に期待している」などと書かれたこともあったという。

 

 首相になってからも、野党政治家によって、ルイ15世の愛人として政治に影響を与えた「ポンパドール夫人」に例えられたこともあった。クレッソン首相は、辞任するまでの11カ月間、女性であることに結びつけて能力を疑問視する性差別的な攻撃を絶えず浴びせられる。以降、女性を首相に任命することは、一種のリスクのように考えられ、オランド大統領の下でも女性首相は誕生しなかった。

 

 姿を変えて残るミソジニー、しかし環境は変化

 

 ボルヌ氏は、1961年パリ生まれ。レジスタンス活動家の父は、強制収容所から生還したが、彼女が11歳の時に自ら命を絶ち、シングルマザーとなった母親に育てられた。理工系の最高峰の高等教育機関である理工科学校などを経て官僚となり、マクロン大統領の下では、運輸相と労相を務めた経歴を有する。

 

 5月に首相に就任するが、6月の下院選での大統領与党の敗北をきっかけに、彼女を追い落とそうとする動きが当然活発化する続投はすんなりとは決まっていない。首相は、ルモンド紙のインタビューの中で、批判があるのは当然のことで、特に首相の地位にこだわっていたわけでもないが、この間あまりに事実をゆがめた性差別的な批判もあったので、自分の存在を示したい欲求がわいた」と答えている[2]

 

 地味で面白みのない「ガリ勉」テクノクラートのイメージが強く、攻撃は頻繁にこの点に向けられた。「十分に政治的でない」「味気ない」「適任でない」などと言って、ボルヌが上司の指示を実施するだけの「役人」であるとの攻撃が全方位から浴びせられた。実際には、ボルヌ首相には、フランス国鉄との困難な交渉を行った実績などがある。首相は、十分な経験があるにもかかわらず、政治的タフさのないテクノクラート扱いをされること自体に性差別性を見ており、雑誌のインタビューで「人類の半分を競争から退けることは、いまだに男性の利益にかなうのだろう」と政界のマチスモを指摘している[3]

 

 ところでクレッソン元首相は、上に紹介した下品な性差別的攻撃にエスプリの効いた素晴らしい反論を返している[4]。それは大変見事であったが、そのようなやり方で反論しなければらなかった時代背景も感じざるを得ない。

 

ボルヌ首相は少なくとも今日、そのような迂回を経ず性差別的攻撃を真正面から不当なものとして批判することができる環境にある。パリテの前と後ではフランスの政治風土は異なるものになったということだろう。

 

 第1次政権の時、複数の女性が、アバド連帯相から性暴力を受けたと訴え出た。マクロン大統領の周辺が同相の更迭に慎重で進退問題が長引く中、同相の再任を阻止したのは、ボルヌ首相だという。

 

 すべての少女に捧げるオマージュ

 

 夏季休暇があけるとフランスは再び政治の季節となる。物価高騰対策、雇用保険改革、年金改革など紛糾必至の課題も待ち構えている。単独過半数もなく、連立パートナーもおらず、国会運営では困難が予想される。重要ポストにある男性閣僚が首相を軽視しており、統制が難しいという噂もある。政権が短命に終わる可能性も大いにあるだろう。

 

 5月の就任式では、自身の首相への任命を「すべての少女に捧げる」として、「自分の夢を最後まで追い続けるよう」彼女たちに促した首相。賃金平等だけでなく、若い女性が科学技術分野に進むことや責任ある地位に就くことを重要と考えており、クオータ制の拡大にも前向きの考えを持っている。さらに次世代を鼓舞する実績を残せるか、注目している。

 



[1] 2021年5月21日 France 5の番組C’est à  vous

[2] ルモンド2022年8月9日

[3]https://www.elle.fr/Societe/News/Elisabeth-Borne-Ca-reste-dans-l-interet-des-hommes-d-ecarter-la-moitie-de-l-humanite-4033689

[4] 当時のミッテラン大統領にとってのポンパドール夫人にたとえられたことに対しては、「(その発言をした議員は)知らないかもしれないけれど、ポンパドール夫人と違って自分は選挙で選ばれている。確かに、私は有権者の『お気に入り』(favorite、「寵姫」の意味もある)ですよ」と皮肉たっぷりに反論したという。農業組合の下品な横断幕には、「私が農業大臣でちょうどよかった。豚の相手をするように、あなた方についても面倒を見てやりましょう」と返した。「豚」は、不潔な人のメタファーで性的なニュアンスがある。この横断幕を掲げた側は、この返しが気に入らず、クレッソン氏が攻撃的過ぎると非難したというから呆れる。