フランス・パリテ通信 第1回

      

企業トップへのパリテ導入から10年

 パリテ(男女同数制)は、憲法典に明記されたフランスの憲法上の原則である。憲法に書いてあるからといって選挙職など公権力の行使に携わる人々にだけに適用されるわけではない点に重要性がある。仏憲法典1条2項では、選挙職だけでなく、「職業的あるいは社会的な要職」への男女の平等な就任を促すことを法律の役割として定めている。つまり、現在パリテは社会経済領域、企業や市民社会にも当てはまる原理なのである。

 

 このパリテの全方位に向かう性格を具体化したのが、2011年にできたコペ・ツィンメルマン法である。現在の仏商法典は、常時250人以上の従業員を雇用する企業で、かつ5,000万ユーロ以上の売上がある企業の取締役会と監査役会に、40%の性別クオータの義務を課している。これに反する任命は無効である(商法典225-18-1条)。

 そしてコペ・ツィンメルマン法の採択から10年を経た今年1月、同法の施行状況を総括する文書が、「女男平等評議会[1]」(HCE)から発表された[2]。今回はその内容を紹介する。

 大企業では成功、フォローアップが課題 

 大企業では法定クオータが十分に尊重されているという結果が出ている。ユーロネクスト・パリの上場企業で時価総額上位の40企業(CAC40)では、取締役会構成員の45%が女性と良好な結果が出ている。これは欧州でもトップの率である。この数値が2009年には10%であったことを考えると、クオータの導入以降、急激に改善されたことが分かる。

 他方で、割り当ての義務があっても、情報公開が十分でなく監視が及ばない企業では、法律は守られていない。株価指数上位120に入らない企業での女性取締役の率は、34.1%である。従業員数500人以上かつ売上高5,000万ユーロ以上の企業でも、非上場の企業では、女性取締役の率は23.8%、従業員数250人以下の企業となると調査すら存在しないという。

 

 また取締役会長のほとんどは男性で、クオータのない執行役会や運営委員会での女性の率は2割程度まで下がってしまう(それでも10年前の7%よりは上昇しているが)。株価指数上位120企業では、女性の代表取締役会長3人、代表取締役10人、会長7人が誕生した。CAC40では、女性の代表取締役1人、会長2人を輩出している。

 こうした結果からHCEは、間違いなく進歩はあったものの、パリテは依然企業の実践には根付いていないと結論している。そして従業員数要件の撤廃、経営の中枢に関わる運営委員会や執行役会への義務的クオータの拡大、監視強化などが提案されている。

 

 正義の要請か、企業パフォーマンス上のメリットか?

 さてHCEは、「企業統治に関わるポストでのパリテは、正義の要請であり、正当化の必要性はない」と断言している。しかしこうした認識は、日本では一般に広く受け入れられているとは全く言えない状況ではないだろうか。日本では、何らかの公的な性格を持つ集まりが、男性によって占められていることに多くの人が慣れており、男性しかいない空間で重要な決定がなされることに違和感を覚えることすらないのが通常である。かくいう筆者自身が日本で暮らしていた時はその体たらくであったのだが、現在は日本の組織と欧州の国の組織を見比べる機会が増えたおかげで、ようやく日本の”異様さ”を感知するセンサーが働くようになったのだ。

 憲法典に書いてある以上、フランスではパリテを実施する法律を作る理由を説明する必要はない。しかしHCEは、パリテとは「深い社会変革の道具」であるとも位置付けており、単なるクォータの押し付けにとどまらないということも強調している。それはどのような意味だろうか。企業のパフォーマンスとパリテの関係は、分かりやすい例である。

 

 HCEは、企業のトップ組織の中の多様性と業績の間に密接なプラスの関係があるとする研究のほか、「ミクロ経済レベルでは、女性リーダーの存在と企業の業績の間には、強いプラスの関係が常にある」とした調査の存在に言及している。さらに「多様性は、道徳的要請以上の問題」であり、「どんな組織にとってもパフォーマンス、イノベーション、効率性を上げる強力な梃になる」とした著名な男性経営者の発言を紹介している。

 より慎重な研究もある。そこでは、取締役会での女性の存在と業績の関係は、ほとんど確認できない。しかしそのような研究でも、人的資本としてのジェンダーの差異が、経営に良い影響を与える可能性が示唆される。「女性が責任ある地位にあることと業績の関係を厳密に証明することは難しい」としても、社会的な意味でのパフォーマンスの向上や、暗黙の了解のシステムを断ち切るイノベーション、アウトサイダーの存在による影響が起きているという。「公平さの追求がパリテを正当化する第1の理由には違いないが、企業パフォーマンスという観点の正当化も十分に可能」であるとされるのである。

 またHCEは、組織の管理体制の近代化・専門化をパリテ導入の否定できない効果として挙げている。必要な能力の厳密な特定、手続きの透明性、才能の発掘と育成、ジェンダーバイアスの特定と無効化が求められるからである。パリテの重要性は、数値やクオータの強制ではなく、組織の構造を問い直し、イノベーションに道を開くことにあると結論される。

 終わりに

 仏でも現実には道半ばであり、エリート女性を超える明確な影響は見出しがたい。反対に、パリテを廃止しようというバックラッシュの動きもない。しかし重要な決定をなされる場が男性に独占されている状況は「普通ではない」という認識は、フランスでは普通になりつつある。何より次世代に与えるエンパワメント効果は、数値として現れるものではないが絶大であり、より深いレベルで社会の変化を進行させるのではないだろうか。

 

齊藤笑美子

一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。憲法学・ジェンダーと法を専攻。一橋大学、茨城大学での勤務を経て、2013年に渡仏。ストラスブール領事館での欧州評議会代表部業務などを経験。



[1] Haut Conseil à l’égalité entre les femmes et les hommes. 2013年設置。市民社会との協議を行い、女性の権利と平等に関する公論をリードする役割を担う独立諮問機関。

[2] https://www.haut-conseil-egalite.gouv.fr/IMG/pdf/livret_-_10_ans_loi_cope-zimmermann.pdf