1.司法にジェンダー平等を
2021年5月31日
浅倉むつ子(早稲田大学名誉教授・女性差別撤廃条約実現アクション共同代表)
■「実現アクション」のスタート
2019年3月5日、私たちは「女性差別撤廃条約実現アクション」を始めました。「実現アクション」の具体的な活動については、以下のURLをご覧ください。https://opcedawjapan.wordpress.com/
女性差別撤廃条約は、1979年12月18日に、第34回国連総会で採択されました。正式名称は「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」です。固定化された性別役割の変革や、法律上だけでなく事実上の男女平等をめざすなど、画期的な内容をもっています。締約国は189か国に達し、日本も1985年に、この条約を批准しました。そのための国内法整備として、国は、均等法を制定し、国籍法を改正し(父系血統主義から父母両系主義へ)、家庭科男女共修に向けて学習指導要領を改定しました。
さらに、条約ができて20年後の1999年10月6日、国連は、女性差別撤廃条約の「選択議定書」を採択しました。選択議定書は、条約の実効性を強化するために、個人通報制度と調査制度という二つの仕組みを設けています。日本が選択議定書を批准すれば、私たちは、これら2つの仕組みを使うことができるのです。ところが、日本はまだ選択議定書を批准していません。
すでに世界の114か国は、これを批准しています。条約を批准しながら選択議定書を批准しないのは、「法律は作るが守らない」と公言しているようなものです。そこで私たちは、選択議定書を批准する共同行動のために、「実現アクション」を立ち上げました。
■個人通報制度とは
選択議定書の「個人通報制度」は、私たちにとってとくに重要です。条約上の権利を侵害された人が、国内で救済されなかったとき、「頼みの綱」として利用できるのが個人通報だからです。通報先は、女性差別撤廃委員会です。この委員会は、世界中から選ばれた23人の専門家で構成されており、個人通報を受理した場合には、条約違反があったかどうかを検討します。差別があったと判断すると、委員会は、締約国に対して「見解や勧告」を出します。それを受けた締約国は、6か月以内に、委員会に回答書を提出しなければなりません。
委員会から出される勧告は、権利侵害された人への金銭的な賠償、法の改正や施行、司法関係者への研修、政府による公的謝罪など、さまざまな救済策の組み合わせになっています。個人通報がスタートして約20年の間に、女性差別撤廃委員会は、40か国に対する165件の個人通報を受理し、うち41件で条約違反を認定しました。違反ありとされた事案は、ジェンダーに基づく暴力、出産や健康の権利、雇用や社会保障、市民的・政治的権利など、さまざまです。
■条約は「絵に描いた餅」ではないはず
じつは、日本の裁判所は一貫して、女性差別撤廃条約の「直接適用可能性」を否定しています。性差別を受けて裁判に訴えても、裁判所は、その権利侵害が条約違反だという判断はせず、条約は「当然に自動執行力を有すると認めることはできない」とか、条約の「規定は、我が国の国民に対し、直接権利を付与するものということはできない」などと述べてきました。これでは、女性差別撤廃条約が批准された意味はどこにあるのでしょうか。条約は「絵に描いた餅」でしかないのか? 女性たちは、この司法の判断に落胆してきました。
だからこそ、最高裁で敗訴した女性たちは、「日本も選択議定書を批准して欲しい」、「そうすれば私も、国連の委員会に個人通報できる」と、大きな期待をかけています。もし個人通報が利用できるようになれば、日本の司法判断は変わるでしょう。個人通報によって、国内の裁判所の判断が国際社会の評価にさらされるからです。そうなれば裁判所も、「条約の解釈水準とはどのようなものなのか」を真剣に考慮しなければならないはずです。
■最高裁判事の3分の1を女性に
司法の判断を変えるもう一つの鍵は、裁判官の女性比率です。私たちは、今年3月15日に、最高裁判事を推薦する機関に、裁判官の女性割合を少なくとも3分の1にして欲しい、と要望しました。
2021年3月現在、最高裁の15人の判事の中に女性は2人しかいませんが、7月に2人(うち女性1人)、8月に2人の裁判官が退官します。もし後任の判事が全員女性であれば、ようやく3分の1の5人が女性になります。私たちは、全国92団体の連名で、ぜひそれを実現してくださいと要望しました。日本の司法を変えたいという女性たちの期待がこめられた「要望書」PDFです。
法曹界に女性が少ない理由の一つは、女性排除の歴史があったからです。1933年以前、女性は弁護士になることを法律で禁じられていました。法改正によって、女性が高等文官試験に合格したのは1938年。その2年後に、ようやく初の女性弁護士が3人誕生しました。
女性の経験が反映されない司法判断の偏向(ジェンダー・バイアス)は、長い間、大きな問題でした(たとえば、「抵抗すれば避けられたはず」という「強姦神話」など)。21世紀初頭の大規模な司法改革は「誰の手にも届く司法」が合言葉でしたが、そのとき私たちは、「司法にジェンダー平等を!」と願って、2003年12月にジェンダー法学会を立ち上げました。
もちろん、「女性なら弱者の立場にたつはず」と、単純に決めつけることはできません。それは男性も同じで、男女にはそれぞれ多様な考えの持ち主がいます。ですが、男女の経験に差異があるのは、確かな事実です。性暴力やDVの被害者は圧倒的に女性が多く、妊娠・出産の経験は女性だけのものです。婚姻による同氏強制で苦労した経験も、圧倒的に女性が多いでしょう。だからこそ、男女が混在していることは、法の世界でも必要なことだと思います。
法曹をめざす女性たちにとって、将来に希望が持てるロールモデルは必要です。最高裁の裁判官に女性がいることは、よいロールモデルです。私たちが「少なくとも3分の1」と主張したのは、この割合が「黄金の3割」、「クリティカル・マス(分岐点となる数)」だからです。少数者が自然体で発言して影響力を及ぼすことができる割合が、3割なのです。
■7月25日を「女性の権利デー」に!
私たちは、いま、女性差別撤廃条約が日本で発効した日、7月25日を「女性の権利デー」にしたいと願っています。女性差別撤廃条約が定めるジェンダー平等は、日本の女性たちに大きな力を与えてきました。ところが一方で、「女性差別撤廃条約という用語の周知度」は、2012年には34.8%でしたが、2019年には34.7%に下がってしまいました(内閣府「第8回・第5次基本計画策定専門調査会」資料)。世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数では、日本は156か国中、120位でしかありません。日本の女性の権利が国際レベルになる日は、まだまだ遠い将来のように思えます。それだけに、「女性の権利デー」を全国に広げて、ジェンダー平等を私たちの手で実現していきたいものです。
毎年7月25日を日本における女性差別撤廃条約の日、「女性の権利デー」にする、という私たちのアクションに、みなさんもぜひ参加してください。「女性の権利を国際基準に。司法にジェンダー平等を」。それらをテーマに、「実現アクション」は、この日にパネル・ディスカッションを持ち、また全国各地でスタンディングなどを実施するよう、呼びかけます。
許可を得て、下記より転載
朝倉むつ子 「法学館憲法研究所 今週の一言(2021年5月31日)「司法にジェンダー平等を」」http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20210531.html